Hatena::Groupvisit

海を歩く神経に塗り替わる皮膚

 | 

2013年

[] スプリットへの道すがら

プリトヴィツェからスプリットまで車を走らせてくれたひとは若くて、運転は荒かった。最後のほうなんてだれかとの約束にでも急いでいたのか、驚くべきスピードであれよあれよと前の車を追い越してゆくので、そのたびにぐいんぐいんと車体が揺れて怖いほどだった。

その車から、アドリア海沿いの街と街のあいだに広がる土を見た。たとえばトルコで見た広々としたオリーブ畑のような農のために使えるような広さは、そこにはなかった。代わりに白くごつごつした石灰岩らしい岩がごろごろ転がっていた。深緑色の小さなブッシュのようなものが岩のあちこちにひっついていて、そのまわりには乾いた赤茶色の土が、ちょびちょびと低木と草のあいだくらいの緑をつけていた。

ときには鉄条網でその奥へはゆけないようになっているところもあった。その奥には地雷がまだ埋まっているのかもしれなかった。ユーゴ紛争の痕跡なのだろう。5〜6年前に訪れたひとは、街でも壁に銃痕を見たと言った。街にはもはやまったくといっていいくらい内紛の痕は見えなかったけれど、地雷は、そう簡単には取り除けないのだと、こうしてひとの訪れない、ひとを入れることのできない場所が、教えてくれる。壁の修復のようにはいかないことを。

その一方で、北海道で見た干し草をビニルで覆ったものと同じようなかたちのものがたくさん転がっている牧草地のようなところもあった。ただ、北海道のように美しく若い緑ではなく、水分の少ない乾いた淡い緑色で、土の色もやっぱり乾いて薄い茶色をしていた。

運転してくれたひとによると、オリーブオイルもつくっているとのことだったから、車では通らなかった地域ではもっと違う風景が見られたのかもしれないけれど、全体に石灰岩の多いごつごつとした乾いた土地、というのが今回見たクロアチアの土の印象になった。

 |