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海を歩く神経に塗り替わる皮膚

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2013年

[] アドリア海

海の青と森の緑、その青のほうは、わたしのなかではプリトヴィツェの湖で満たされてしまっていたのだけれど、まだここにさらなる青があった。城壁を歩くのだと知ったときには、なぜ壁の上を?とおもったけれど、それが海を見るための道なのだった。

もう見慣れてしまったテラコッタタイル色の屋根を眺めながら

ずいぶん歩くと、アドリア海の青があった。日本でももちろん、たとえば鹿児島屋久島種子島沖縄で見た海の青はほんとうにうつくしくきもちよかったしまたいきたいけれど、アドリア海の青もまた違う海で広く深く艶やかな青だった。

風のここちよさを感じながら、眩しい日差しにくらくらしながら、それでも2時間くらいはいたのではないかとおもう。きれいな海は人間はつくることはできなくて、汚くならないように気をつけるしかできなくて、けれどもそれだからこそ尊ばれるのだとおもう。だから、モノをつくるよりもモノにあふれないようにすること、人間が手を出しすぎないように気をつけることをもっと意識しないと。

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