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海を歩く神経に塗り替わる皮膚

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2012年

[] ロンドン自然史博物館

出発の直前、展示してあるもののすごさとかではなく教育のひとつのあり方として観る価値がある、といったふうなオススメのされ方をした。わたしにはきっとそんな価値はよくわからないだろうな、読み取れないだろうな、なにしろ英語よくわからないし、とおもいながらも気になって、朝に晴れを見たときにもう行く気になっていた。けれどもバスがあんまりたのしくてうっかり終点まで乗ってしまったものだから、到着したのはずいぶん日の高くなったころだった。

教育のなんとかというのはわかったようなわからないような、つまりはよくわからない感じだったけれども、子どもがたくさんいてにぎやかで「静かにしなさい」なんていう圧はどこにもなくて、それで子どもはびっくりしたり怖がったりよろこんだりはしゃいだり触ったり声をあげたり自慢気になったり、ひたすら自由だった。そうさせるこの空間を、いいとおもった。展示は子どもをふくらませていた。それはオベンキョウではなくて。

きっと好きになるとおもう。それで、好きをふやしたいんだ。そのはしっこに手を添えるわたしの仕事は、だからしあわせで自慢だ。胸張ってたのしいって言ってしまえる。

不思議とたのしさに満ちていることを不思議だねたのしいねと分かち合ってはしゃいでもそのままはしゃいだこと忘れていいって、言ってもらったみたいだった。魅入られることに身をゆだねてもいいって、つつんでもらったみたいに。

自然史博物館の建物は古くて、古いのにちっとも古ぼけていなくて、すっきりではないけれどもガッチリでもゴテゴテでもないしっかりの美しさを、見せつけるのではなくごく自然に活かすとはこういうことよといったふうに見せていて、それがとてもうらやましかった。

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