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海を歩く神経に塗り替わる皮膚

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2012年

[] 宗谷丘陵

宗谷の丘もひろびろしていた。サロベツ原野とも違うひろびろで、丘で、原っぱのようで、そのままごろんと寝っ転がってごろごろと転がっていけそうな平らかさで、ああ、と言うしかないようなひろがりで、

私がごろごろしたくなるところには似たような花がある、と気づく。

宗谷岬では海の向こうにサハリンが見えた。ほんとうに近いのだと思った。丘の上にのぼったら海はもう、空をうつして薄く光るふつうの海だった。

風力発電の風車がたくさんたくさん並んでいた。3つか4つあったら「おお」と思うのに、こんなに並んでいるともうなにがなんだかわからないような気持ちになるから不思議だ。きつねにつままれたような気持ち、みたいなわからなさ加減だ。

どこかで知っていたような、それでも間違いなくはじめて見る風景に出会うと、わたしはどこかで映画のようだと思ってしまうところがある。風車の並ぶ丘でも、なんだか映画みたいと思った。きちんとした教育も受けないまま大人になりそのあいだ本を読まずテレビも見ず偶然に出会ったモノやコトやヒトから教わることの一部だけを受け入れ、それゆえに知識も常識も倫理観もなく知的にそうとうな抜けがあることは自覚していて、その一方で映画は好きであれこれの抜けの一部が映画で埋められているようなところもあるからそうとうな偏りがあるはずとも思っていて、だから私の話ににこにこ付き合ってくれるひとはきっとそのような偏りや不具合を認めつつ受け入れてくれるふところのあるひとなのだろうと思う。道北で出会った数人のひとたちのふところの深さに、感謝を。

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