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海を歩く神経に塗り替わる皮膚

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2012年

[] 豊富温泉

牧草地のつづく道、干し草を丸めたかたまりがたくさん転がっているのを見た。干し草の色をしているものもあれば白や黒や白黒のビニルで覆われているものもあって、そのままだれかがどこかでアートとして見せることをしていそうな風情だった。

なにげなく転がっているものを取り出してかたちと意味を再び与える。ときには整えて、ときには歪めて、ときにはなんの手も加えずに。そうしてそこに「対峙」をつくりだして、対峙させられたひとに内在するなんらかの意識や感情を引っ張り出し、潜在的に持っていても気づかれずにいたさまざまのことに神経を向かせる。

そのようなはたらきをアートが果たすことが、たとえできなくなっても、ここに在る世界のそのままでもじゅうぶんに私たちはなにかを引き出される。だからだいじょうぶなのだ。ひとがなにかを生み出せなくなっても、わたしたちは感覚を掘り起こされつづけ更新させられつづける。だから、安心していい。おそれなくていい。

青いけしの花 blue poppy は透き通るほど明るかった。

豊富温泉は原油混じりの温泉で、そうであることはにおいと皮膚とでわかった。繊維は黄色に染まり、凝縮させるとより強い色になった。病の強度とつらさは、痛みや痒みがだれとも共有できないものであるのと同じでだれかと比べることもできないのに、つい、比べて、いまのわたしは過去にアトピーだったとは言えないなと思って目を閉じてお湯につかった。

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