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海を歩く神経に塗り替わる皮膚

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2011年

[] 賓日館

なにかの拍子にひっかかったこの建物を見たくて、伊勢市を通り越してまずは二見浦へ向かったのだった。駅を降りたら思いのほか町がなかった。それでもちゃんと案内地図が立っていて、それにしたがって歩けば10分弱で着いた。

海沿いに立っているこの賓日館は、普通に旅館として使われていたのだという。毛糸のあたたか靴下が用意されていて、スリッパではなく迷わずそちらを選んだ。ふかふかでほかほか。

写真を撮っていたら「伊勢にはもう何度目です?」と聞かれた。振り向いてみたら、ボランティアの案内のひとが立っていた。はじめてです、と答えると「ここには伊勢を何度も通るひとでもあまり来ないのに、どうしておいでに?」と聞かれて戸惑う。なぜだったっけ…。

この木、いい色してますね、ガラス、いいですね、そう言いながら立ち止まっては写真を撮る私を、そのひとはていねいに案内してくれた。ガラスはとても薄くて、以前大学の近くで友達と住んだ古い古い家を思わせた。同じようにくるくるとまわして締める鍵がついていた。

話を聞きながらもふらふらきょろきょろ、さぞかし不審なお客だったことだろう。でも、きれいなんだもの。いろんな角度から見たくて見たくて、じっとしてなんていられない。

とはいえこの花を撮るのに座り込んだのはさすがに失礼だったかもしれない。

外からでは想像もつかない空間が広がっていた。御殿の間。名前を裏切らない豪華なシャンデリア。

ここは海がすぐですからね、台風も来るんです。それでもこのガラスはずっと割れずにいるんですよ。明治からずっと。なんでだと思います?じつは雨戸があってね、ほら。——言われなかったら気づきませんでした。すごいですね…。——これね、網代なんです。なぜ網代かというとね、ほら、こうして開ければ風が通って乾かせるんですよ。——あぁ…!なるほど…。

トルコとはもちろん違うし別物だけれどすこし近しい花の模様が天井に描かれていた。ふすまにも細やかな装飾。

広さ百二十畳、能舞台があって、もっともよい位置に座ってみると、ちょうど松が浮き出たように見える。主賓へ向けて配置された舞台。

庭には手入れのされた松がきれいに植わっていた。目を吸われてじっと見ていたらしい。気づいたら隣で案内のひとが、この松、きれいでしょう、でもこれは風がないからなんです。海風の日は松が全部、全部上にあがってね。——上に…?——そう、あそこ、見てもらうとわかると思うんですけど、雨樋に積もってね、つまっちゃうんですよ。——あぁ!それであの天井は、雨漏り…(御殿の間の天井の花の模様に茶色くシミがあったのを思い出して。)

それから「今はちょっと閉じているんですけどね」と言って見せてくれたお手洗い。入り口は、何も言われなければ普通に部屋があるのだとしか思えない広さがあって、覗いてびっくり。

ひとつひとつ意匠の異なる手すりの中でも、これが気に入って。月の満ち欠けをあらわしている、とのことで、でも私にはしゃぼん玉に見えて思わず撫でた。

寿の間、という名のこの部屋は、天井の仕切りが床の間に向かって垂直に走っていて「床挿し」といわれるもの。これは武士の、侍の切腹の間の造りであるらしい。それがなぜ「寿」かと言うと、侍は約束を守る、破れば切腹する、そのような清廉潔白を前提として生きる侍にちなんで、結婚の誓いをこの場で行う、ということで「寿」なのだそう。

たいへんですね。

ひとつひとつの意匠にいわれがあって、ではこの鳥は?と聞くと、千鳥はこの館のモチーフだとのことでした。

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