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海を歩く神経に塗り替わる皮膚

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2009年

[] 白谷雲水峡

山の案内は元理科教師のガイドさん。茶色い目の縁で笑う人。じわじわと山に触れられるていねいな説明で、朝早くから日の暮れるまで疲れないペースで案内してくださった。

白谷雲水峡、巨大な丸みある白い岩の転がる山だった。赤い肌が艶めいてひんやりとした硬さを持つヒメシャラの木がそこここで、見たこともないほど太い幹になっていた。緑の森の中で赤いヒメシャラの木は、あまりにも堂々としていた。

「今年は雨がすくなくてね…ほら、苔が死んじゃってる。」

ふかふかだった苔は雨の足りなさに死にかけ枯れかけべろんと剥がれ垂れていた。まだ、落ちずに。そしてそんな死にかけた苔を生かすのは巨大な倒木。その巨木を、死骸のようになってもまだ命の記憶を抱えて新しい命へとつなぐ巨木を、山が育てていた。

何尋もある切り株に着いて生きる道を見つけたヤマグルマは、それだけでは決して生きられず、根をおろせなければ死ぬ弱さと、着生がうまくいけば着いた木に付きつづけやがてその木を覆い原型がわからないほどに絡みつく強さとを併せ持つ。その生き死にを左右する根は岩を大きくきれいに割り分けるほどの力で、生きようとしていた。

2000種を数える日本の苔のうち600種が屋久島に生きるという。まだ、ふかふかと厚い苔があった。

まるで木がライオンになろうとしているかのような瘤。

木のうねりのあとを見ながら、この木が、どうしてこうなったのかを常に考えながら歩いた。この山に何が起きたのか、崩れたのか、切り株に着生した木が育ったあとに切り株が腐って姿をなくしたからできた空間なのか、倒木だったのか、岩に着いていたのか、もし山が動いたらこのぎりぎりの木はどうなるか、そのとき周りの木はどう巻き込まれるか。

登り切った山は雲に覆われていて、たまに霧が晴れて、再び霞んでいった。息つく間もなく、耳元で蜂の羽音がした。足下の岩はペロリと剥がれそうな怖さがあって、その空間ゆえに鳴ることもあるから「太鼓岩」というらしい。白く枯れた木は「孤高」という言葉そのもののようだった。

絶妙なバランスは美であり恐怖であるとかなんとか口の中で呟きつつ、この巨大な岩の下で休んだ。いつ潰されてもおかしくないと思いながら。

ふとももみたいな。

深い森。

山はそれからいろいろに表情を変えて明るく晴れたりもした。

やっぱり水がうれしくて、冷たい勢いがうれしくて。

熱い紅茶がごちそう。汗をかいた体が、やすまる。

どこまでも、生きて、枯れて、生かして、生き延びて、その繰り返しなのだと思った。

二本が一本になって生きているのもいた。

もう何本だったか数えられないのもいた。

こういう営みを、人間が踏み入ることで邪魔してはいけない、とガイドさんは言った。私はそのあとで、人間が手を入れることで生きている森の話を読んだ。森を放置してはいけないと。水を溜め、水をつくりだす土を保つために、土がなくならないようにするために、木を植え、伐るべき木は間引きして森をつくり山を保たなければならないとその本は説いていた。森の土は人間が手を入れることで水を蓄えることができるようになったのだと、だから放置してはならないと、山を守る人間を守り育て後へ継いでいかなければならないと。

山を汚す人間と山を守る人間がいて、観光はきっと山を汚してしまうのだと考えたら、「邪魔」についての話は矛盾しないはずだと思った。

おまけ。

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