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海を歩く神経に塗り替わる皮膚

2018年

[] 穴

前の冬からいまの秋までの記録はいずれ埋めるとして、その前に書いておかなくてはならないなとおもって、開いた。

秋は好きな季節で、いまでもいちばん好き。これまでに秋のかなしい記憶はほとんど思い浮かばない。けれども今年は、ひとりの友達を失った。はじめて会ってからもうすぐ20年になるというときに突きつけられただいぶ突然の宣告みたいなものだった。そのすぐあと、私はほんのすこし怒りに似たかなしみが、ここに浮かんでいるなぁと眺めていた。こんなふうになるなんてなぁと。強くはないかなしみで、怒りでもあって、けれどもやっぱりかなしみだった。

届く言葉はちぐはぐだった。私には受け止められなくて、でも私の受け止められなさはどうやらつたわらなくて、それで想像力が足りないと言われた。そういうきみにあるはずの想像力はどこにいったの、どう働いているの、と聞きたいとおもったけれど、でもきっといま聞き返しても届かないままになる、とおもって言わないでいたら、ひとりで決めた結論を投げるだけ投げてなんにも説明しないまま、閉じられた。

どうしてっておもってちょっと理解できないところと、でもこれまでも理解のできなさはあったことを思い出して、しょうがない、と言うしかないことかもしれない、とおもい直した。

そんなの勝手すぎる、って、言ってもよかったのかもしれない。でも、やめた。なんだか疲れたみたいな気持ちになった。説得は、しなくていいや、とおもった。代わりに、伝わらないだろうとは思いつつ、ひとつだけ、伝えた。やっぱり伝わらないようだったけれど、べつの言葉で説明する気にはならなかった。私は、あきらめた。もう、いいことにした。

あきらめたから、だから、生きているのに連絡することはできなくなった。そしてきっともう連絡はこない。生きていればいいか、とも思う。これまでだってそんなに変わりはなかった。でも、連絡できた。何年も会わないのが当たり前で、卒業してから会ったのは3度かそこいらで、それでも会う可能性があった。生きていたから。それが、なくなった。生きているのに。それだけのことで、それだけのことが、ずいぶんな違いで、ひどいなぁとおもう。

生きていて、生きていなくなったとしてもそのことを知る術がなかったら、交わし合ったもののことをきっとときおり思い出したり思い出さなかったりしながら遠い記憶になっていって、どこかで生きているかもしれないという思いと一緒にもしかしたらもう生きていないかもしれないとおもったりもするんだろう。

とても長い時間が、もうなんでもなかったみたいになるのは、さみしい。なくなってなんかいないのに。

でも実際、なんでもなかったみたいになれるくらい、遠かったのだともおもう。それは間をつなぐものが、ほんとうになにもなくて、私たちは私たちだけで、まわりの支えになるようなものはおどろくほどゼロで、まわりが、なにもないからだということに、いまさらながら思い至った。私たちがやめたら、終わる。そういう細くて頼りない一本だけの糸だった。だからどちらか片方が、もう拾わないと決めて手を放したら、二度と戻らない。そういうつながりだった。そうして、手は放された。そのことに後悔みたいな気持ちはなくて、とても透明で、だから私たちはほんとうに不思議なつながりだったとおもう。

数年会わなかったら顔だって忘れる。私はひとの顔をあまり覚えない。まして目を合わせないひとの顔だ。覚えているほうが不思議なくらいだとおもう。だから、そうして、残るのは存在の気配の記憶だけになるんだろう。あったはずの時間の気配。残るんだろうか。それすら忘れてしまうかもしれない。

きみはきれいでまっすぐでそうして勝手に納得した。私はそれも、きみのよさだとおもっていたし、それでよかった。そうして受け止めようとしてきた。そのくらいは、伝わっていたとおもいたい。でも、どうかな。わからない。わからないままにして、私はきっと忘れるんだろう。忘れても、きみがしあわせであることを願うよ。

2018年

[] Antwerp

ベルギーはオランダよりもだいぶ南、と思っていたけれど、びしびしと寒くて考えをあらためる。そしてオランダのひとのように女性も男性も背が高くて驚く。男性は平均身長が2mなんじゃないかしらと思うくらい。言葉はフランス語のひともいるしドイツ語に聞こえる音のこともあるしオランダ語なのかなと思うこともある。オランダ語は知らないのだけれど、なんとなく。

それからチョコレートの国だと思っていたし実際にチョコレートの国のはずとはいえ、売られているチョコレートのおいしそうさ加減でいうとフランスのほうが食指が動くお店に出会いやすいようだということに気づく。たんに好みの問題かもしれないけれど。食指が動かないから買わなくて比べ逃す、というのはもったいないのだけれど、いかんせん買う気になるチョコレートが少ない。なぜだろう。いくつかは買ってもみたけれども、やっぱりどこかなにか期待と違う。なにかが違う。

そう思っていたら最後の最後に素敵なパン屋さんにフランス風の繊細なケーキが並んでいた。食べてみたらケーキもチョコレートもとてもおいしかった。ベルギーのおいしいチョコレートはチョコレート屋さんにあるとはかぎらない、のかな。

広場は、ハイここが広場です、という感じの広場で、ぽっかりしていた。まわりで盛大に工事をしていて、そのせいなのかどうなのか。

中心部っぽいあたりを外れたころ、素敵な感じのカフェがいくつもあらわれた。こんなところに広がっていたんだ、と、もちろん休憩する。

2018年

[] Den Haag

なんでハーグに行こうと思ったんだったかは覚えていない。たぶん行きやすかったから。街は直線で、建物も直線で、建物のなかに入ってみないと何があるのかわからない感じに囲われていた。こう覆われると、知らないうちはただただ素通りしてしまうんだなぁと気づく。ラベルの役割は大きい。

とにかく道が広くて、道が広いと街が大きく感じられることに気づく。自転車用の道路に入らないように気をつけながら歩いた。夕闇の色がきれいな街。

信号の白黒まきまきがかわいらしい。

街とは反対のほうに行くと海に着いた。向こう側にイギリスがあるんだ、とおもう。歩いていたら森に入った。すぐそこをトラムが走っていて、トラムの脇には自転車用の道路があって、その脇がこの森で、森のなかは人間の歩く用の道がある。安全安心。

これはおまけ。わぴさぴ。

2018年

[] Eindhoven

美術館の特別展くらいでオランダに行けるチケットがあったのでこれまた急に。急だったので宿題と一緒に。

すごく自転車の国だった。音はドイツ語に近くてフランス語みたいにもよもよ舌を巻いている。うまく読めない文字がある。その読めなさ加減はちょうどよくて、デザインとしてかわいいなとおもう。

2018年

[] York

ヨーク。映画だろうか、Duke of Yorkというフレーズを聞くことがおおい気がする。行ってみたら、中世のものをきれいに再建維持している街だった。そしてチョコレートの街だった。キットカットはアメリカのものだと思っていたらそうではなくてヨークのものだと知って驚いた。日本ではわさび味のキットカットも発売されたと聞いてまた驚いた。そんなの知らなかったよ。知っていたら試していたかというと、それはまた別の話だけれども。

博物館のなかにも街があって、街のなかにもよく維持された街があって。薬屋さんの説明をしてくれた女のひとのまっすぐな答えがとても気持ちよかった。

York Minsterは奥行きの深い建物で、パイプオルガンのパイプ部分の装飾が鮮やかな色と模様で派手やかに豪華だった。

体内にYokaiを仕込んでゴーストウォークに参加。なりきりコンダクターのおじちゃまが声のトーン豊かに笑わせたりおどかしたりしながらお話を聞かせてくれた。全部は理解できなかったのが残念…英語の耳がほしい。どうしたら聞き取れるようになるんだろうか。