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海を歩く神経に塗り替わる皮膚

2019年

[] 沖縄県立図書館→沖縄県公文書館

2月に会ったひとの話をどうしても聞きたい、もういますぐ聞きたい、そう思ったらいてもたってもいられなくて、仲良しっぽいひとのところに押しかけていって連絡先を教えてもらって間を取りもってもらって約束を取り付けた。

沖縄県立図書館は新しく開館した開放的な空間だった。移民資料が充実していてパネルは勉強にもなった。キッズコーナーで読み始めた本はどうしても手放せなかった。明るくて強くてやさしくて残酷で、それでもやさしいお話で、約束の時間が迫るなか、お昼ごはんはいらないからこの物語の行き着くところを見届けたいと決めて涙が落っこちそうになりながら読み終えた。それから走って公文書館へのバスをつかまえた。

資料の受け入れ、選別、メタデータ作成、デジタル化、マスキング、写真の収集、アルバム、サムネイル、それから資料地図。思わぬ大きなおみやげをいただいた。かならずこれをオープンにしよう、と決めて。たっぷりな時間を過ごして、ヤギの肉をあきらめて、満月を眺めて、夜を歩きながらこれからのことを考えた。すべきことはたくさんある。そのなかにはできることもかならずある。できる場所にいるのなら、それを使わなければならないとおもった。ひとつひとつ、「できた」にしていかなければならないと。

2019年

[] 高雄市立図書館総館

2015年に開館した新しい図書館はりっぱな建物だった。

Blind Date、なんの本か見えないようになっている本のおすすめのメッセージを見て、気になったら借りてみる、というしくみ。

まるで本屋さんみたいなディスプレイ、表紙を見せて空間をぜいたくに使っている。

ゆったりスペースも広々しているけれど、書架も広々ゆとりがあって、なんてうらやましいとおもいながら眺めた。本を使ったオブジェにはdocumenta14の禁書の神殿を思い出した。

2019年

[] 高雄

彼女の仕事が終わるのを待つ間、あたりを歩いた。大学、公園、何かの塔、道路、お店、カフェ、そして文化会館。

退職後くらいの年代のひとたちがミニスカートにハイヒールでダンスの練習をしていた。ひとりのひとも、パートナーがいるつもりで踊っていた。

彼女の仕事の終わるころ、事務所へ向かって買い物。それから工場だったところをリフォームした本屋で雑貨を見て、海のほうへ。

ものづくりの部屋が立ち並ぶ区域は色とりどり、素材もさまざま、見てたのしく歩いてたのしい場所だった。おしゃべりして、甘いものを食べて、ゆったりした。

夜には市を歩いた。焼いた肉、揚げたお団子、果物のゼリー、チーズと卵のお焼き的なあたたかいもの。

2019年

[] 台南

ベルリンの寮で最初に言葉を交わした子に会いに高雄へ。トラムの乗り方、寮でのルール、インターネットを手に入れるまでのあれこれ。どれもこれも彼女が助けてくれたおかげで始められた。高雄でも同じだった。

お正月に行こうと思っていたけれど引越しが浮上してそれどころではなくなった。それから春の手前、ちょっとの隙間っぽいものが見えたのとほかのどうしてもの用事ができて、考えてみたら台湾はとても近いよねと気づいて連絡した。

チャージ済みの交通カードを持って空港まで来てくれた彼女の言うままに電車に乗って、したいことを言っては通訳してもらって、私はなんにもしなかった。

行きたいのは彼女がよく行く場所、好きな場所、食べたいのは彼女の最近の好きな物、あとは時間があったらこういう建物のある場所と行けたらここにも、というざっくりしたリクエストだけして、あとはぜんぶ頼りきってひたすらあとをついて歩いた。

明るい水色と明るい朱色の組み合わせのかわいらしさに吸い寄せられて中を覗き込んでいたら通りがかったひとに写真を撮ってあげようと言われてびっくり。ひとなつっこいだけか写真撮り屋さんなのか、いずれにしてもわたしは自分で撮りたいし自分は撮りたくないので彼女と一緒になって繰り返し丁重にお断り申し上げた。

台南は窓枠やタイルの模様がウリであるらしく、そのあと歩いていたらちいさな博物館のようなものがあった。生活のなかの工芸品。

連れて行ってくれた百貨店はなんだかとても素敵でたのしかった。日本人が開いた、らしい。

それから滞在中ずっと頭にただよい続けることになる革のバッグと出会ったために歩き回ることになる。

2019年

[] 巣

帰国してからおうちを見つけるまでの4か月、たくさんのひとと会って話してごはんを食べた。仕事はちっとも忙しい感じがなかった。すべきこと覚えることつくるべきもの片付けるべきことはあったけれどもそれらに追われてはいなかった。好きなように進めてよかったし好きなだけ学んでよかった。だからただただ楽しかった。仕事をしに帰ってきたのにまだ勉強していた。そうして時間も気持ちもたっぷりあったので友達と会ってまわって、それだけのせいでまるで忙しいひとみたいに時間が埋まっていった。

4畳半の仮の部屋に来てくれた友達は片手におさまる。貴重な証人である彼女たちはときに目を丸くして「ねぇもうどこでも生きていけるね」と笑い、「なかなかいい感じに住んでいるじゃない」とほがらかに笑い、「こういう住み方があるとは想像しなかったけどおもったより広い」となにかを見つけたみたいに笑った。わたしは彼女たちが笑ってくれるとうれしいのであたらしいおうちにも来てもらって笑ってほしい。

とくべつそう思って選んだおうちではなかったけれど、これまで見たことのないくらい小さな細っこいバスタブ、と呼ぶのもはばかられるようなバスタブに、頭を洗おうとすればひじが当たるように壁の迫るバスルーム、と呼ぶのがこれまたためらわれるバスルーム、一口のIHっていったってこんなのありなんだねえと驚かされる作業スペースなしの台所、高さが足りないために水をろ過する容器をスッと差し込めないちいさなシンク、食器を置く目的であつらえられたとはとても思えない棚というにはちいさな容れもの、押入れの半分の幅のクローゼット、それでも4畳半よりはいくらか広くなった居間、それからちいさなちいさなベランダ、決めたおうちは、居間のほかはみんな仮の部屋よりちいさくなった。それでも居間はこんどは畳ではなくなったので気兼ねなく椅子やテーブルやベッドを置けるようになってたいへんうれしい。テーブルがあるとほんとうに人間らしい生活になる。離れる前に使っていて2年の間あずかってもらっていた椅子に座るとあぁ私のおうちだとおもう。ここがわたしのこれからの巣。

あたらしい巣には、2年の間に、それから帰ってからの4か月の間に、慎重に時間をかけて手にいれたり予期せずもらってこのうえなく気に入った道具を並べた。かわいくてぽったりした鍋、鍋を洗ういい形のブラシ、組み立てられる鍋敷き、お茶とコーヒーをつくるガラスのすっきりしたもの、お茶を濾す三角のうつくしいもの、ワインのボトルを開けるスリムなもの、ワインのボトルに蓋をするまるみのあるなめらかなもの、傷が増えて色も濃くなってきた楕円形のカッティングボード、スっとしたナイフとギザギザのナイフ、それから向こう側の見える写真立て。うつくしく使い勝手がよく手入れしやすい道具たち。